「私の仕事 昔・今」ー講師は、元JICA理事の黒栁 俊之先生ー

「私の仕事 昔・今」ー講師は、元JICA理事の黒栁 俊之先生ー

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今日も、本校の特任講師の先生による特別講義が行われました。

講師は、黒栁 俊之 先生。黒栁先生は、元国際協力機構(JICA)理事をされていて、現在は神奈川県の足柄で株式会社国際農業開発の代表取締役社長として農業をされています。

本日の題目は、「私の仕事 昔・今」。学生時代からNGOオイスカなど海外の国際協力の現場に関わり、海外の最前線での活躍から JICA の理事まで務められ、現在では後進の指導にあたりながら、小さいころからの夢であった農業に従事され、一つ一つ夢を実現されている黒栁先生の体験談を聞かせていただきました。

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最初に、世界のGDPを世界地図に表したものを見せながら、「世界の北半球と南半球とでは、経済格差がこんなに大きい」と説明してくださいました。そして、かつて戦後直後の日本がとても貧しく、世界から援助を受けていたということを教えていただきました。戦後の著しい復興ができたのも、「ガリオア・エロア資金」で1946~1951年の間に約18億ドル(約12兆円)もの援助があったため。そのうちの13憶ドルが無償援助であったそうです。他にも国際機関から「ララ物資」「ケア物資」(食料、衣類、医薬品など)が送られ戦後の学校給食がスタートしたのだそうです。この援助のお陰で、日本は経済大国と呼ばれるまでに成長を遂げることができました。「だから次は日本が貧しい国々を助ける番なのです。これは当たり前のことですね」とお話されました。

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JICAでは、モノを援助するのではなく、作り方を教える「技術協力」をしているそうです。また、洪水による被害を防ぐために、川を広げたり、ダムを作ったりする事業にも従事されたことがあるそうです。

JICAの理事を退任されてから、子供のころの夢を思い出し「好きなことをしよう」と一念発起された先生は、神奈川県の足柄に農地を借り、農業をスタートさせたそうです。水がきれいで、富士山が見えて、温泉があるところ、、、そんな条件で土地を探し、今の足柄に拠点をおいたのだそうです。1次産業として農産物を作り、2次産業として農産物を加工し、3次産業の販売までのすべてを農家が行う「6次化」させることで「儲かる農業」を目指し、さまざまな取り組みをされているそうです。

農福連携の取り組みや、農業の可能性を切り開く黒栁先生のお話は、学生たちにとっても大変興味深く参考にさせていただけると思います。農業には、国際協力として貧しい国の人々を助ける力もあり、また「儲かる」可能性も秘めているということを、黒栁先生の体験談から学ばせていただきました。

先生は「将来は今飼っているヤギの数を増やし、チーズやジェラートも作りたい。ブドウ園を作り、ワイナリーも作りたい」と将来の大きな構想を話してくださいました。「みなさんも、夢は口に出してください。口に出すことで夢は再構築され、実現させることができる」と話し、最後は二宮尊徳の言葉「積小為大」という言葉を学生たちに送ってくださいました。ありがとうございました。

 

「積小為大」とは・・・

「小さな努力の積み重ねが、やがて大きな収穫や発展に結びつく。 小事をおろそかにしていて、大事をなすことはできない」

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